+++ 平成15年度馬講習会開催要領 +++



1.目 的
 繁殖シーズンを前に、衛生管理及び飼養管理の改善・向上を図り、生産頭数の増頭を推進するとともに、経営の安定に資することにより本県馬産振興に寄与することを目的とする。

2.主 催
 熊本県畜産農業協同組合連合会
 社団法人熊本県畜産協会

3.開催日時及び日程
 平成16年2月10日(火)
  10:00〜10:20 主催者挨拶・講師紹介
  10:20〜11:20 講演
  11:20〜12:20 講演
  12:20〜12:30 質疑応答
  13:30〜 昼食・解散

4.開催場所
 熊本市桜木6丁目3番54号
 熊本県畜産協会 5階会議室

5.講師及び講演内容
  1. 「馬の衛生管理について」
     講師:日本中央競馬会 宮崎育成牧場 場長 仁岸正之先生
  2. 「家畜改良センター十勝牧場における馬の管理について」
     講師:(独)家畜改良センター十勝牧場種畜第一課 馬係長 廣岡俊行先生
6.参集範囲
 軽種馬・農用馬生産者、関係農協・団体、県関係機関 約50名


◆ 講 演 会 資 料 ◆


優秀な競走馬を生産するための種雌馬の要因について

競走馬総合研究所 及川正明

産駒の資質と種雌馬の関係
 高い競走能力を持つサラブレッドを生産するためには何より優良な種雌馬を導入することが重視される。しかし、種雌馬に傾注するあまり種雌馬の資質や要因についてはこれまで軽視されがちであった。実際に、競走馬の競走成績に及ぼす両親からの遺伝の影響は約33%にすぎず、残りの約66%は妊娠中の母体内の影響や生後の子馬を取り巻く環境によることがアイルランドの研究によって明らかにされている。また、米国や英国の研究で、産駒の素質は母馬から55〜60%を、父馬から40〜45%受け継ぐという報告があり、優秀な産駒を生み出すためには種雌梅の素質や要因について見直すことの必要性が提起されている。
 最近、種雌馬の年齢や出産回数が産駒の競走能力に影響を与えたり、生産に伴う損耗に深く関わっていることを示す幾つかの研究が報告されている。これらは、妊娠中の母体の状態が加齢や出産回数に伴って変化し、サラブレッドの生産に関わっていることを容易に想像させるものである。ここでは、諸外国と日本の研究を紹介しながら、種雌馬の年齢や出産回数が生産性や産駒の競走成績にどのような関わりを持っているのかについて述べる。

種雌馬の年齢、出産順位と産駒の競走成績について
 これについては幾つかの研究がある。しかし、いずれも調査方法や調査対象が異なるため、これらの成績を同一のレベルで評価することは難しい。それをお断りした上で幾つかの代表的な研究を紹介する。
 まず、1992年から1994年までの欧米のグレード競走の勝ち馬1,420頭を対象に誕生時の種雌馬の年齢を調べた米国の研究では、6〜9歳時に分娩された馬に活躍するものが多いことが分かった。また、別の研究で、680頭の産駒を対象にしたグレード競走の勝ち馬の出産順位を調べた成績では、出生順位の早い馬に勝ち馬が多い傾向が窺われた。
 一方、英国のグレード競走の勝ち馬の母馬の出産時の年齢を調べた英国の研究は、7〜11歳までの母馬が勝ち馬を生んでいた事実を明らかにしている。また、同じ英国の研究では、ある一定の条件、すなわち、1)8頭以上分娩していること。2)1947〜1986年の間に分娩された産駒であること。3)競走能力指数(SSI)110以上の産駒を2頭以上産んでいること。こられの3つの条件を満たす100頭の母馬とそれから生まれた1,196頭の産駒を対象に統計学的に調べた。その結果、母馬の年齢が9歳で、4産目の時に最も優秀な産駒を輩出していたことが判明した。
 日本では母馬の条件を英国ほど厳密に規定して調べたものはないが、子馬を産んだ時の種雌馬の年齢とそれらの産駒のその後の競走能力の関係を調べた研究がある。それによると母馬が6・9・10・12歳の時に生まれた子馬のその後の競走能力が最も優れていて高かった。さらに、図に示すように日本のトップエリートホースが競う過去12年間(1990年から2001年)の皐月賞、日本ダービー、菊花賞、春の天皇賞、秋の天皇賞および有馬記念の6レースの勝ち馬72頭の出生順位と母馬の年齢を調べた結果、概ね1から5番目の産駒が優れた競走成績を収めている傾向が明らかにされた。この競走馬の平地競走出走一回当たりの収得賞金を数値化したもので、異なる世代間の競走馬の競走能力を比較することができるものである。
 これらの研究から共通していえることは、優秀な子馬を生産する種雌馬の要因として、その年齢が6歳から12歳で、かつ、出産順位がなるべく早いことが重要な要素として挙げられる。

それを裏付ける科学的根拠
 生産率と種雌馬の年齢の関係についてに幾つかの研究の結論は、母馬の年齢が増すごとに、また、当然の事ながら出産回数が増すごとに生産率は、低下する傾向を示すことで一致している。
 これらのうち、加齢に伴う受胎率の減少の理由としては、子宮の内幕に病変が生じ、これによって、胚の着床、胎盤の形成、子宮腺の機能の低下が起こるためと説明される。また、胎子の健全な発育を阻害する要因としては、胎盤に酸素や栄養を運搬するために動脈硬化を起こした結果、胎盤に十分な血液を供給できないためと推察される。過去の我々の研究で、このような子宮内膜の加齢制の変化は17〜19歳を境に目立って多く見られることから、種雌馬の供用年齢は17〜19歳が生理的限界であるろうと推論した。これについて、英国のS.W.Ricketts教授(ブリストル大学)による膨大な子宮内膜の生検査によると、その供用年齢の限度は16歳までであるとし、英国ではこれに基づいて16歳以上の種雌馬の淘汰が薦められている。
 これらのデータは胚や胎子を育む子宮内環境が産駒の競走成績にいかに多くの影響を与えているかを、また、加齢に加え、度重なる出産も子宮に大きな影響を与えている事を示すもので、種雌馬は種雄馬に勝とも劣らない重要な役割を担っているといえる。


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競走馬の体のしくみ

本日は、競走馬の体のしくみに関してよく皆さんが疑問に思われることについて、私の知っている範囲でなるべく分かりやすく、お話できればと思っています。よろしくお願いします。

Q.どうして早く走れるの?
皆さん競走馬と聞くとまずとても速く走るという印象があると思います。競走馬には、主にサラブレッドという品種の馬が用いられます。サラブレッドとは純血という意味があり、約300年の改良の歴史を経て、より高い競走能力を持つ血統が選択されてきました。その改良の結果、競走馬の体は速く走るために進化してきました。ではいったい、どのくらい速いのでしょうか。

最高速度の比較
最高速度の比較

これは、動物の最高速度を比較したものです。最も速いチーターは時速約130キロで走ることができます。競走馬は、この半分約65キロです。しかし、チーターがその速度を約10秒程度しか持続できないのに対して、サラブレッドは何分間も走りつづけることができます。そういった意味でサラブレッドは最も速い動物と言えるでしょう。ちなみに人間は短距離のオリンピック選手でも約35キロ、ヒグマは約50キロですので、山で熊に遭ったら走って逃げようとしても無駄ということです。さて、自動車並に走ることのできる競走馬のエンジンはどのくらいの性能があるのでしょうか。

心臓の大きさの比較
心臓の大きさの比較

これは色々な動物の心臓の大きさを比較したものです。人間をこれくらいとするとサラブレッドはその20倍、ゾウは100倍です。これは体が大きいのだから当たり前といえば当たり前です。

心臓重量比
心臓重量比

それでは、体に対する心臓の大きさを比較してみましょう。一番大きいのはドッグレースで活躍するグレイハウンドという品種の犬です。サラブレッドも体の割に心臓が非常に大きいのが分かります。また、サラブレッドの安静時の心拍数、すなわち一分間に打つ心臓の数は、約30回。人間の平均は約60回〜70回ですので約半分です。しかし、全速力で走るときには200回を超えます。速く走るために、大きな心臓がフルに働いてたくさんの血液を体中に送り出します。

酸素摂取能力の比較
 


次に、酸素を取り入れる力を見てみましょう。動物は呼吸することにより肺で酸素を取り入れ、二酸化炭素を出します。いわゆるガス交換です。マラソン選手は肺活量も多く、酸素をたくさん取り入れることができます。これは一般の人の約2倍の能力です。サラブレッドはトレーニングを積んでいない状態でその約3倍、調教された馬では一般人の約5倍の酸素摂取能力があります。これはあらゆる動物の中で最も高いとされています。いわゆるエンジンは最高というわけです。

肢の構造
 

 

それでは車体の方ははどうでしょうか。競走馬をはじめて見た方は、誰しも鍛え上げられた無駄のない体に美しさを感じます。脂肪が少なく、筋肉隆々ですが肢先は非常に細く、私たちの手首程度の太さしかありません。体重500`の体で全力疾走するとこの肢一本に約1トンの力が懸かります。骨折しやすく、よくガラスの肢と表現されます。しかし、ここにも速さの秘密があります。体の上部の強力な筋肉で生み出された力はこの振り子の原理で効率良くスピードに変えられます。すなわち、小さな力で大きな錘を動かすのは大変ですが、大きな力で小さな錘は楽に動かすことができます。約300年の改良の結果がこんなところにも出ています。それともう一つ、サラブレッドの肢先には、筋肉はほとんどなく腱や靱帯が大部分を占めています。特にこの屈腱は走るパワーを貯めるスプリングのような働きをします。先ほどチーターと比較しましたが、肉食動物は筋肉で走るため瞬発力はあるのですが直に疲れてしまい長続きしません。馬はこの屈腱でパワーを貯めて次のステップに生かすことができるので効率よく長く走ることができるのです。しかし、それゆえにこの部分が傷みやすいことも事実です。これがよく言われる屈腱炎という状態です。

屈腱炎



これはエコーと呼ばれる超音波診断装置で屈腱の部分を診断しているところです。これはそのエコーの写真。肢を輪切りにした状態だと思って見てください。これが屈腱の輪切りの図。この真中の黒くなっている部位が傷んでいるところです。腱は一度傷むと骨折よりも治りにくく、最低でも9ヶ月以上かかります。時には競走馬を引退しなければならないこともあります。昨年の世界ランキング2位に選ばれたクロフネという馬も屈腱炎により引退を余儀なくされました。

Q.立ったまま寝るって本当?
話はがらりと変わりますが、これも良く聞かれる質問です。答えはYESです。


立ったままの休息・睡眠

横になってお休み

横にゴロンとなった状態

馬の睡眠時間は約3時間と言われています。その3時間も一度に取るのではなく主に夜間に30〜40分の睡眠を5〜7回繰り返して取ります。この他に何回かウトウトする時間もあり、その合計は2時間程度です。また、睡眠を取る体勢ですが、スライドのように3タイプの体勢で睡眠を取ります。睡眠時間を小分けにしたり、立ったまま寝たりすることができるのは、肉食獣から身を守るためと考えられています。

Q.馬は後ろも見えるの??
これもよく言われることですが。どうでしょうか。

視野の違い

馬の眼

これは各動物の見える範囲、すなわち視野を示したものです。人間は約190度の範囲を見ることができます。赤い部分は両目で見ることができる範囲で、ものを立体的に見ることができます。馬の見える範囲は約340度で真後ろ以外はほとんどの範囲を見ることができます。ウサギに至っては360度見渡せます。真後ろも両目で見ることができます。犬や猫は人間の視野と類似しています。このような違いは、眼のついている位置によって生じるものですが、馬やウサギの眼は顔のほぼ真横についており、絶えず自分を狙っている肉食獣がいないかを監視できるようになっています。また馬の瞳孔は人間と異なり写真のように横に長い構造になっています。これもまた前後を見やすくしています。

Q.馬も虫歯になるの?
歯医者と聞くだけで、拒絶反応をおこす方もいますが、馬は幸せなことに虫歯にはなりません。これは、歯の構造が人間と異なるからです。


人間の歯の構造

馬の歯の構造




左上がヒトの歯の構造、永久歯ですが全体が硬いエナメル質に覆われています。このエナメル質に穴があき、神経がある歯髄まで虫歯が及ぶと非常に痛い状態になります。右は馬の歯の構造ですが、ヒトと異なりエナメル質はこの赤い部分のみです。これは草食動物特有の構造で、歯を臼のように使い、草を磨り潰して食べるためのものです。当然歯も磨り減りますので、歯は絶えず伸びます。ですから虫歯にはなりません。ただし、上顎が広く下顎が狭いために、左下の図のように上の歯の外側、下の歯の内側が尖ってきます。これが口の粘膜や舌を傷つけてしまうので定期的にこのように鑢で削ってやります。勿論痛くありません。

Q.馬も盲腸になるの?
競走馬はよく腹痛を起こします。これは腸が長いこと、野生の馬とは、環境・食事・ストレスが大きく違うことが原因になります。ですから、胃潰瘍、便秘、時には腸捻転を起こすこともあります。


人間の腸

馬の腸
ところが盲腸にはなりません。ヒトの盲腸とはこの丸で囲んだ部分に食べ物のカスなどが詰まって炎症を起こす、虫垂炎のことです。この虫垂は人間にとっては全く役に立たないものですが、馬の盲腸はこれとは異なり非常に大きなもので、ここで食べた草などを細菌や原虫などの力を借りて、発酵消化するための大事な役割を果たします。ですからいわゆる盲腸にはなりません。

Q.骨折したら安楽死になるの?
この質問は最も頻繁に聞かれるものです。




答えは、 YES でもありNOでもあります。速く走ることを運命付けられた競走馬はレース中に、骨折や腱断裂などの運動器疾患を発症します。私たちは、馬を管理する方への疾患予防の啓蒙、出走前の体のチェック、馬場の徹底した管理などを行い、事故を最小限に抑える努力をしていますが、約0.3%の確率で大きな事故が起こり、救うことのできない状態になります。右上のレントゲン写真では骨がバラバラに砕けています。人間ですと最悪の場合でも義足等の手段がありますが、馬ではほとんど不可能です。その理由は馬の蹄にあります。馬は速く走るために人間の中指に相当する部分だけが残り、後の指は退化しました。そして、その蹄の中は無数の血管が走り、この血液の流れは馬が歩くことによって正常に保たれています。一旦重症の骨折などで肢を踏み返られない状況なると、体重をかけ続けられた反対側の蹄の血流が滞り、簡単に言うと蹄が腐ってしまうのです。これが蹄葉炎の状態です。馬は激しい痛みに襲われ、立てなくなり衰弱死します。このような状況が強く疑われる症例に対しては止む無く安楽死を選択する場合もあります。

 
 

しかし、すべてがそうなるわけではありません。レース中に運動器疾患を発症した競走馬のうちほとんどは、1年以内の休養で競走に復帰できます。中には螺子と呼ばれるネジで固定したり、関節内の剥がれた骨のカケラを取る手術も行われます。両前肢に合計8本ネジを入れて障害競走に復帰した競走馬もいます。現在は引退して、兵庫県の阪神競馬場で誘導馬として活躍しています。
以上、競走馬に関する色々な疑問についてお話させていただきました。本日はありがとうございました。


 

 

 

 

 

 





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