山地畜産は中山間地農業のパイオニア

混牧林放牧11年目にして

ふるさと牧場 山本喜行

はじめに

 私は、昭和20年農家の長男として生まれました。

 最初に記憶にあるのが2〜3才の頃でしょうか。

 雨の日、田の畔にむしろが敷かれ、紙の雨傘の中から女の人たちが横一列になって話をしながら、回転する道具を使って苗を植えていました。

 小学生の頃には、道草をくう大将がいて、従わなければ泣かされたものです。宿題は沢山あるのに、6kmの道を皆と歩いて家に着く頃には暗くなり、それから勉強でした。おかげで居残りテストの時は勉強して行ったものです。なぜなら大将達は皆居残るからです。

 親の手伝いも、稲こぎ、山のしご(伐採後の片付け)、割木(まき)作りと良くやりました。

 村人も家族同様接してくれました。

 そこには、明るい農村があったのです。

 近所の人たちが口にしていた言葉で、今も記憶にあるのが、

              地主の足跡

              田を行くも畔を行くも一緒

              品物持って価を泣くな

              不自由を常と思えば不足無し

              ないの節句働き

              百姓の来年

              百姓の百品

良い環境、言葉、五感を通して基本的な情報を伝えてもらったわけです。

高校生の頃には、日本の農業は曲がり角に来たといっていました。

現在は曲がり角どころか、そのままどこかへ転落し、転げ落ちる最中の様です。すでに両親、多くの村人たちも他界し、山村は荒廃し、山村はすっかり視野が狭くなりました。

こうした中で私は、公務員、レストラン経営と回り道はしたものの自然と農業に対する感心は高まり、特に山林を多く ひとすめ(一括)で所有していたことから、植林を本格的に始め、下草刈りの重労働からの回避のために牛の林間放牧を導入し、稲わらの調達の為の水田稲作と複合経営へと発展して現在の型となったわけです。

むろん林道の重要性は早くから気付き、30代から暇を見ては建設しました。

テキスト ボックス:  愛用の重機は、建設業の親友が36才で他界したとき、その形見として贈ってもらい、人生で信用の大切さを教えてもらいました。

平成3年より放牧を開始し、平成8年には植林、放牧面積9haとなり、平成12年日本草地畜産種子協会より山地畜産展示牧場の指定を受け現在に至っております。

項目を設けてこれまでの経過をお話ししたいと思います。

1.     農・畜・林 複合経営の重要性(省力、低投入)

²       「ふるさと牧場」は棚田、刈り畑、山林となっているが、棚田から山林まで広範囲に周年放牧した場合(棚田は稲刈り後開放)午前中棚田にいて、午後山林に入り、夕方牛舎に帰って来る。そこで、健康管理、発情発見、種付けを行う。餌は、おから、ふすま他。朝夕2回。朝は餌をやるまで出ない。

²       棚田では、牛が石垣と畔の舌草刈、合わせてふん尿の搬入、畔の踏み固めを行い、翌春の田植えには、畔ぬりと施肥から開放され、耕起、田植えが極めて省力になります。

²       畜産 和牛の繁殖、育成、役牛として牛力利用

牛舎のボロ出しは年4回位。敷料は両端に掻き出した乾燥したふんを再利用。子牛については、商品としての位置付けで完全舎飼い。粗飼料は完全自給。冬場については、国土交通省佐波川堤防の刈り草(業者搬入)。稲の裏作として9月下旬播種したイタリアン50aを2日に一度午前中刈り取り。

²       林業 ヒノキを中心とした大経木生産、森林レクリェーション的空間ゾーンの創出。

植林10年目から草の再生の為50%に間伐。牛が集中して入った山林(裸地した部分)、林道にノシバの植栽。植栽後研修生等とサルトリイバラ、雑草の整理刈り。こぶし(たむしば)、藪つばき、つるあじさい、山つつじ等の花の咲く木は大切に管理しています。

牛からの贈り物として、ハナシバ(シキビ)があります。盆、正月、春秋彼岸の年4回出荷できます。牛がふん尿を搬入してくれ、つる類を含めた下草を食べるので、葉の形、色、つや、赤芽となり需要は増すばかりです。もとでいらずで収穫のみ。他に類を見ない生産方式と思います。このことから、棚田、山林に花まで添えて素晴らしい景観を創出しています。

2.     農業の多面的機能が発揮されます。

²       生産の場

テキスト ボックス:  棚田では、きれいな谷の水が入り、堆肥の利用と昼夜の温度差が激しいことから、有機・減農薬米、さらに竹や雑木を利用してはぜ掛けとし、おいしいお米と良質の稲わらを生産する場として棚田の保全の面からも大切です。

²       研究の場

これまで山口大学農学部の研究グループが牛の行動調査、牛による下草刈り効果、放牧水田での稲作調査を行いました。

傾斜地に適する放牧牛の研究として、世代を繰り返しいいものを保留し骨格のしっかりした牛造りを調査しています。

ハナシバ園の拡張として、ハナシバの自生地では、ヒノキ10年生で10a30本とし、日光がちらちら当たる程度で、寒冷紗としての位置付けにしています。増殖のために挿し木で2年生の苗を移植する方法と山林に直接挿し木する方法を調べています。

牛によるヒノキの食害を防止する方法として、大苗(2m)で移植したヒノキの育成状況を見ています。

ノシバの育成状況を県畜産試験場と調査を続けています。10年生のヒノキ林も50%間伐し、木の成育と草の生え方を見ています。

²       教育、研修の場

小・中・高校生の現場体験学習の場として広がりを見せています。平成1312月には、防府市教育委員会子供センターが企画した「第6回週末トライあんぐる倶楽部」のフィールドとして小学生の団員と保護者、スタッフ総勢70名が牛に触れ林内での間伐を体験しました。 鉄は熱いうちに打てといいます。子供の時に自然に触れ、道具を使う。自らが生きるということを伝える事がどれだけ大切か、見逃すことの出来ない側面を持っています。他県からも視察団が訪れ、マスコミも関心を持つようになっています。

²       都市と農村の交流(アズマヤ鳥交流)

 これまでの植林方法、つまり花の咲く木もすべて皆伐採して行う方法に疑問を感じ、こぶし、藪つばき、山桜等を残したのですが、これが春には山を白一色に染め上げ、レクリェーションの場を作りました。

テキスト ボックス:   熱帯地方にはアズマヤ鳥がいて、オスはメスを誘う為に小枝を地面に突き刺して通路を造り、その先に青や緑のプラスチック類を上手に配してアズマヤを造り、メス鳥がその通路を通り抜け、素晴らしいと思えば交尾が認められ子孫が残せるのだそうです。人間をリードした情報を持っているような感じさえします。

 毎年4月上旬頃開催する花見バーベキュー大会は、恒例行事となり、オカリナの演奏会や民謡の会演奏、フォークソング演奏なども行われました。

テキスト ボックス:   また、6月に開催される防府市青年会議所主催の「ホタルの夕べ 佐波川」に参加させていただき、棚田米を市民の方にサービスし、牛の造った「ふるさと牧場」を一度見にきてくださいとアピールしました。

 現在、商店街も空店舗が目立ちシャッターが降ろされています。農村も水田、山林の放棄地はシャッターが降ろされているのと同様です。荒廃地のシャッターは上げるのは大変困難だと思います。そうならない為にもいろいろな人々が広く交流することが大切なのです。

 

3.     NGO(こぶしの里牧場交遊会)による「ふるさと牧場」への支援

 こぶしの花見会は毎年の恒例行事として開催してきましたが、年々参加者が増えいろいろな職種の方が集まるようになり、皆で「ふるさと牧場」を支援しよういう想いから平成128月「こぶしの里牧場交遊会(こぶしの会)」が発足しました。会員は地元の人、畜産農家、会社員、公務員、先生、大学関係者他色々の人の集まりで、現在40名位になっており、さらに市民に広がりを見せています。

 目的として「ふるさと牧場」での遊びを通して素晴らしいフィールドを作り、萱葺きの交流ハウスの建設、ノシバの植栽、農業(山地畜産)アグロフォレストリーに興味を示す若者への支援等を行っています。

 今年の行事を振り返ると、

Ø        1月:板材を作るため、杉の間伐と搬出。カヤ50束の刈り取り。5日。

Ø        2月:カヤ職人の指導による竹組。山口大学と広島大学合同の萱葺き作業。板材用の杉伐採と搬出。4日。

Ø        3月:萱葺き作業。東京農業大学生のカヤ刈りと萱葺き作業。5日。

Ø        4月:萱葺き作業仕上げ。こぶしの花見会。3日。

Ø        5月〜7月:整地作業、板材の乾燥、麦刈り、石垣組など。6日。

Ø        8月:小麦からパン作り、木工作り教室。1日。

Ø        10月:稲刈り。牛の入門講座。2日。

Ø        11月:カヤ刈り。2日。

Ø        12月:「むら、まち人のつどい参加」。

 交流ハウスの作業が中心ですが、会員以外に興味ある方や学生たちの貴重な体験の場となっています。特に、80歳の職人による萱葺き作業は、昔、父親が補修をしていた光景を思い出す作業でした。竹と萱で徐々に葺きあがる様子は、経験のない年代の参加者も魅了し、東京から研修に来て作業をした男子学生は、職人へ弟子入りを申し出たほど熱心に学んでいました。「ふるさと牧場」の杉やヒノキの他、地域で集めた萱を材料に、所有しているユンボやトラクターを活用し、ほとんどを人力で造っていく過程は、いろいろな発見があります。このように牛達が造った景観を多くの人に開放することで、一農家では不可能なことが可能となり、農村、農業に対する理解を求める一番の近道となりました。

4.     21世紀を支える人材育成と今後の可能性

 現在、子供たちの間に協調性に欠ける「ひきこもり」の子が増加していると聞きます。

 平成14年年の夏休み、兵庫県のある親から協調性のない息子(16才)を自然に又牛に触れさせてもらえないかとの依頼があり、一週間受け入れたところ、彼等は良く作業を手伝い、川で水遊びをし、私の子供の頃と何等変る所はないのです。子供は環境に順応する能力を持っていても親が子供を離さない、子離れしていなのではないかと感じました。

テキスト ボックス:   農林水産省も支援している「田んぼの学校」という取り組みがありますが、その極点として、「ふるさと牧場」のような山林、谷川、里山、棚田(水田)、牛と一体となった生態系のフィールドは、理想なのかもしれません。こぶしの会会員の中には「田んぼの学校」指導員の方もいて、ここでの開校を行い、参加者の拡大に向けて活動中です。

おわりに

 大学生の頃、経営学の講義の中で今でも忘れられないのが「消費は美徳である」という言葉です。

 しかし、現在では消費も過度になり人の良心まで駆逐してしまったのではないかと思う時代です。

 農村にも2車線の良い道路が出来、通勤には便利になりました。収益性の低い水田、山林には手をかけず、現金収入を得る為に都市へ働きに出るのは仕方のないことかもしれません。

テキスト ボックス:   しかし、この道路を一方通行のストローにしてはならないと思います。野球をしたくても選手が揃わなければチームすらできません。農村でプレーをするピンチヒッターが牛であり、老若男女市民なのです。コツコツと地道に練習を積み重ねる牛達が造ったレクリェーション的空間ゾーンを中心にグリーンツーリズム(農泊、授農)により教育、農業、福祉一体となったプレーをすることが必要です。

 今、あるこの大地と大空は祖先のものでも、特定の誰かのものでもないのですから・・・!

200412月)