要 約
絶滅した天草大王をランシャン1/2、シャモと熊本コーチン1/4の血液割合に交配した後、閉鎖群育種による選抜を7世代重ねてほぼ復元し、復元した天草大王を利用する高品質肉用鶏の開発を行った。
1.復元した天草大王の羽色は、褐色に黒斑が混じる「濃猩々色」となり、単冠、紅色耳朶、体型は背が高く胴が詰まっており、尾の角度が高い。皮膚色と脚色はまだ固定するに至っていないが、最大個体の成鶏体重は雄6,700g、雌5,660gに達し、往時の天草大王の体系・羽色並びに体重に、7世代でほぼ到達した。
2.復元した天草大王を交配して肉用鶏を作出するための雌系統の造成は、熊本ロードと白色プリマスロック種の交雑鶏を基に閉鎖群育種で選抜を7世代重ねて行い、褐色羽装、大型で産卵性の極めて優れた系統「九州ロード」を造成した。
3.天草大王雄と九州ロード雌を交配した肉用鶏は、12週齢の体重が雄3,190g、雌2,286g、雄雌平均2,738g、飼料要求率2.65と優れた成績を示す。
U.材料及び方法
1.素材鶏の収集
絶滅した天草大王を復元するため、日本で飼養されなくなっていたランシャンを1992年5月18日にアメリカ・アイオワ州のMcMURRY HATHERYから貿易商社を通じて無鑑別初生雛の黒色内種50羽と白色内種50羽を輸入したが、天草大王の復元にはその内体重の大きい白色内種を使った。
また、文献等からランシャンの他に天草大王の成立に関わった鶏種としてシャモとコーチンを選定し、シャモは熊本県と福岡県のシャモ愛好家から種鶏と種卵を入手した。また、コーチンは熊本種を基に大型の肉用雄系統として造成した「熊本コーチン」を使ったが、それらの特徴は第1表に示すとおりである。
品 種 | 平均体重(g) | 特 徴 | |
---|---|---|---|
雄 | 雌 | ||
ランシャン | 3,360 | 3,000 | 劣性白色、黄色皮膚、単冠、赤色耳朶、脚毛 |
シャモ | 4,560 | 3,380 | 赤笹及び黒、黄色皮膚、三枚冠、赤色耳朶、無脚毛 |
熊本コーチン | 5,146 | 4,403 | 淡褐色、黄色皮膚、単冠、赤色耳朶、無脚毛 |
2.復元のため交配及び選抜
復元のため交配の方法は図1に示すとおり、先ず1993年にランシャン×熊本コーチンとランシャン×シャモの雄雌交互交配を行い、1994年にそれらのF1同士を交配したF2即ちランシャンの血液割合50%、シャモと熊本コーチンの血液割合が25%となったものの中から羽色と体型と体重で選抜したものを基礎鶏(第1世代)として閉鎖群育種に移行した。
閉鎖群育種は第1世代から第5世代までは平飼い鶏舎8室を使って、第2図により毎年4月から5月にかけて雄8羽と雌80羽の交配から雄80羽雌320羽の雛を取り、25週齢の第1次選抜で雄20羽と雌160羽、41週齢の第2次選抜で雄8羽と雌80羽を羽色と体型と体重で選抜し、それらを交配して次の世代を作るという1年1世代の選抜・交配を繰り返した。
ある程度固定した第6世代以降雌は、第3図のとおり雌250羽の餌付けから25週齢の第1次選抜で羽色と体型と体重で選抜し、単飼ケージに収容して産卵検定を実施した。このため、第2表の九州ロードで実施している定量給与による制限給餌を適用して種卵生産性の向上を図った。また、41週齢の第2次選抜は羽色・体型・体重の他には26〜41週齢までの産卵検定成績を勘案して雄10羽(雄は姉妹と母の産卵成績を参考にする)と雌50羽を選抜して交配し、次の世代を生産した。
日 齢 |
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給与量 |
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日 齢 |
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給与量 |
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(注) | 飼料は、1〜28日齢 | : | 幼雛用飼料 | (CP21%−ME2,950Kal/kg) |
29〜70日齢 | : | 中雛用飼料 | (CP18%−ME2,800Kal/kg) | |
71〜産卵開始 | : | 大雛用飼料 | (CP14%−ME2,750Kal/kg) | |
産卵開始〜 | : | 成鶏用飼料 | (CP17%−ME2,800Kal/kg) |
3.雌系統「九州ロード」の造成
天草大王を利用した能力の高い高品質肉用鶏を生産するためには、ロードアイランドレッド種より更に大型で、産卵率が良くしかも褐色羽装をした雌系統が必要である。そこで、同様な雌系統を必要としている大分県と宮崎県の協力を得て図4による新系統の造成を行った。
基礎鶏として使用するロードアイランドレッド種は、熊本県が独自に系統造成したロードアイランドレッド種としては大型で産卵率の良い「熊本ロード」の雄と、白色プリマスロック種は1994年に独立法人家畜改良センター兵庫牧場から、同鶏種の中では産卵性能が優れた「13系統」の雌を導入し、1995年にこれらの交配により生産したF1雛(第1世代)を自県用の他に大分県と宮崎県にそれぞれ雄75羽、雌150羽ずつを配布し、図5により1年1世代による選抜・交配を繰り返した。
なお、雌鶏の飼養は生涯ケージ飼養とし、表2による定量給与による制限給餌を実施した。
V.結果及び考察
1.復元した天草大王の特徴
ランシャンの白色内種と赤笹及び黒色のシャモ及びバフ色の熊本コーチンの3品種を配合した雛の羽色は黒色主流であるが、黒色以外に白色、茶色およびそれらの中間色など様々な羽のものが見られた。全ての個体に脚羽があり、その皮膚色は白色であった。これらの中から、できるだけ天草大王の羽色である濃猩々色に近く、体重が大きく、背の高いものを選んで交配を繰り返した。
その結果、第3表にしめすとおり、体重は比較的速やかに大きくなり、第7世代の成鶏の平均体重(41週齢)が雄5,720g、雌4,435g、その時の最大個体の体重は雄6,700g雌5,660gに到達した。また第1表に示す基礎鶏であるランシャン、シャモ、熊本コーチンの3品種の体重を遙かに上回り、これまで報告されている最も大きい雄の成鶏体重1,700〜1,800匁(6.375〜6.780g)に達した。
更に、写真及び第4表のとおり、羽色は濃猩々色、冠は中程度の単冠、耳朶は鮮赤色、体型はランシャンに似て脚が長く、胴が詰まり尾の角度が高く、昔の天草大王を彷彿させる形態となった。
但し、皮膚色はまだ白色と黄色が混在している。天草大王の皮膚色は白色であったが、近い将来、復元した天草大王を「地鶏肉」として生産するための雄系統として利用する場合、交配する雌系統としてはロードアイランドレッドや白色プリマスロック等のような黄色皮膚の鶏が考えられるので、白色皮膚の系統を交配すると優性の白色皮膚が肉用実用鶏に出現することになる。日本人は古来、黄色皮膚の鶏肉に慣れ親しんでいるので白色皮膚系鶏の肉には違和感が生ずる恐れがある。また、肉用種鶏として使う場合、あまりのも大型で背が高いと、雌との体格差が大きくなり、受精率の低下につながる。
そこで、今後は天草大王を2系統作出し、1つは保存用の天草大王として、古来の白色皮膚・大型で背が高い内種、他の1つを肉用種鶏の天草大王として、出荷日齢100日頃の体重を重視して選抜し、成体重並びに背の高さが平均的小さい黄色皮膚の内種とに分離する必要があるものと考えられる。
皮膚色の遺伝は、黄色形質が白色形質に対して劣性であり、黄色皮膚色同士の交配から白色皮膚の個体は出現しないので、黄色皮膚色の固定は極めて簡単にできるものと思われる。
年 度 | 世 代 | 性 | 7週齢 | 25週齢 | 41週齢 | 最大体重 |
---|---|---|---|---|---|---|
平成5 | ランシャン×熊本コーチン | ♂ ♀ | 3,255 2,305 | 4,467 2,386 | ||
シャモ×ランシャン | ♂ ♀ | 2,777 2,085 | 3,820 3,060 | |||
平成6 | (ランシャン×熊本コーチン) ×(シャモ×ランシャン) | ♂ ♀ | 834 699 | 3,742 2,709 | 4,329 3,377 | 4,960 4,100 |
平成7 | 第2世代 | ♂ ♀ | 890 770 | 3,860 3,137 | 4,800 3,919 | 5,380 4,620 |
平成8 | 第3世代 | ♂ ♀ | 1,022 865 | 4,376 3,353 | 5,103 4,022 | 6,040 5,240 |
平成9 | 第4世代 | ♂ ♀ | 981 866 | 4,625 3,461 | 5,474 4,291 | 6,300 5,260 |
平成10 | 第5世代 | ♂ ♀ | 1,122 979 | 4,864 3,653 | 5,480 4,404 | 6,420 5,940 |
平成11 | 第6世代 | ♂ ♀ | 1,085 950 | 4,889 3,693 | 6,001 4,748 | 6,680 5,880 |
平成12 | 第7世代 | ♂ ♀ | 1,070 960 | 4,613 3,255 | 5,720 4,435 | 6,700 5,660 |
項 目 | 特 徴 |
---|---|
羽色 | 濃猩々色 |
冠 | 中程度の単冠 |
耳朶 | 鮮赤色 |
皮膚 | 白色 |
体型 | ランシャンに酷似し、脚が長く胴が詰まって、尾の角度が高い |
雄の平均体重 | 5,720g |
雌の平均体重 | 4,435g |
雄の最大個体体重 | 6,700g |
雌の最大個体体重 | 5,660g |
産卵性(26〜64週齢)卵重 | 58g |
産卵性(26〜64週齢)産卵率 | 50% |
2.新雌系統「九州ロード」の特性
独立法人家畜改良センター兵庫牧場から導入した劣性白色遺伝子を有する白色プリマスロック種13系統雌に、熊本ロードの雄を交配したF1の雌は全て褐色、雄は褐色の黄斑(金鈴波)となった。
F2の羽色は雄雌とも白色、褐色、金鈴波(褐色の横斑)の3羽色が出現した。そこで、先ず孵化した段階で褐色の雛を選抜することにより、白色羽装の雛の出現割合が急速に少なくなり、第6世代から白色羽装の雛は全く出現しなくなった。
一方金鈴波羽装は雛の段階では褐色羽装との区別が困難であった。そこで、育成途中で金鈴波羽装が出現した時点で淘汰する事で、第4世代から金鈴波の形質は全く出現しなくなり、羽色はロードアイランドレッド種に近い濃褐色に固定した。
産卵検定の結果は第6表に示すとおり、成体重は41週齢で雌3.5kg(不断給餌の場合:4kg)、ヘンディ産卵率は75.3%、平均卵重は62.6gとなり、制限給餌を実施することによって50%産卵到達日齢と種卵として使用できる卵重53gに達する日齢が180日齢頃にほぼ一致し、種卵産卵率も71.5%と、大型鶏としては極めて優れた種卵産卵率を示す。
このように産卵能力の高い優れた褐色羽装の肉用雌系統を新しく造成することができたので、第7世代の検定を終えた2003年に「九州ロード」と命名した。
世代 | 育成率 | 生存率 | 26〜64週齢の成績 | 飼料消費量 | |||||
50%産卵 到達日齢 | 53g卵重 到達日齢 | ヘンディ 産卵率 | 平均卵重 | 種卵 収得率 | 0〜25 週齢 | 26〜64 週齢 | |||
6 7 | % 96.2 68.0 | % 98.0 97.7 | 日 225 224 | g 220 219 | % 50.3 47.6 | g 58.8 56.9 | % 79.4 85.3 | g 11,603 12,685 | g 38,493 35,244 |
世代 | 育成率 | 生存率 | 体 重 | 1羽当たり飼料摂取量 | ||||
7週齢 | 25週齢 | 41週齢 | 64週齢 | 0〜25 週齢 | 26〜64 週齢 | |||
1 2 3 4 5 6 7 | % 98.6 98.7 98.0 94.3 98.9 96.1 97.3 | % 97.5 94.9 92.9 90.8 92.9 97.4 93.9 | g 1,155 1,206 1,076 1,333 1,336 1,206 1,203 | g 2,741 2,851 2,702 2,784 3,308 2,826 2,860 | g 3,438 3,435 3,430 3,537 3,570 3,580 3,555 | g 3,395 3,491 3,515 3,529 3,699 3,447 3,512 | g 11,585 12,815 12,322 12,835 12,337 12,255 12,757 | g 37,319 38,535 38,739 37,982 38,575 38,520 38,520 |
世代 | 50%産卵 到達日齢 | 53g卵重 到達日齢 | ヘンハウス 産卵率 | ヘンディ 産卵率 | 種卵 収得率 | 適格種卵 産卵率 | ヘンハウス 種卵個/羽 | 平均卵重 |
1 2 3 4 5 6 7 | 日 172 176 180 173 170 176 190 | 日 178 179 177 175 175 183 184 | % 72.8 71.1 71.3 69.6 74.1 76.4 74.6 | % 73.7 72.6 72.9 70.9 74.6 77.0 75.3 | g 96.4 87.9 86.0 88.9 92.6 91.6 96.0 | g 71.0 63.8 62.8 63.0 69.3 69.0 71.5 | 個 192.1 170.7 167.4 169.0 187.7 187.0 193.0 | g 67.3 64.3 64.9 64.9 65.5 62.3 62.6 |
3.天草大王を利用した高品質肉用鶏の成績
天草大王を利用した高品質肉用鶏(天草大王♂×九州ロード♀)の羽色は濃褐色から淡褐色の変異はあるが美しい褐色羽装となる。しかし、前述のとおり天草大王の皮膚色がまだ固定していないので、肉用鶏の皮膚色も白と黄色が混在しているが、この点は黄色の皮膚の天草大王系統の固定が進めば早晩解決する問題である。
天草大王を利用した肉用鶏と肉用熊本コーチン(熊本コーチン♂×九州ロード♀)の肥育検定成績は第7表に示すとおりである。天草大王♂×九州ロード♀は12週齢で体重が雄3,190g、雌2,286g、雄雌平均2,738gと出荷に適した体重に達し、15で週齢出荷することができ、地鶏の特定JAS規格の最短出荷日齢である80日齢での出荷が可能となる。なお、その時の飼料要求率は2.65、プロダクションスコア120.2と地鶏としては優れた成績を示す。
12週齢以降も飼育を継続すると雄雌平均体重は13週齢で3,026g、14週齢で3,272gと大きくなり、その時の飼料要求率は2.77と2.90、プロダクションスコアは117.3、111.7となった。
年 | 交 配 | 週齢 | 育成率 (%) | 体 重 | 飼料 要求率 | プロダクシ ョンスコア | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
雄(g) | 雌(g) | 平均(g) | ||||||
1999 | 天草大王♂ × 九州ロード♀ | 12 | 100.0 | 3,133 | 2,338 | 2,736 | 2.70 | 120.6 |
13 | 100.0 | 3,273 | 2,404 | 2,839 | 2.90 | 107.6 | ||
14 | 100.0 | 3,514 | 2,559 | 3,037 | 3.06 | 101.3 | ||
熊本コーチン♂ × 熊本ロード♀ | 12 | 100.0 | 2,630 | 1,933 | 2,282 | 3.11 | 87.4 | |
13 | 100.0 | 2,630 | 2,032 | 2,425 | 3.31 | 80.5 | ||
14 | 100.0 | 3,001 | 2,137 | 2,569 | 3.46 | 75.8 | ||
2000 | 天草大王♂ × 九州ロード♀ | 12 | 94.6 | 3,063 | 2,317 | 2,690 | 2.65 | 114.3 |
13 | 94.6 | 3,341 | 2,453 | 2,897 | 2.80 | 107.6 | ||
14 | 94.6 | 3,608 | 2,592 | 3,100 | 2.98 | 100.4 | ||
熊本コーチン♂ × 熊本ロード♀ | 12 | 94.6 | 2,420 | 1,949 | 2,185 | 3.13 | 78.6 | |
13 | 94.6 | 2,660 | 2,033 | 2,347 | 3.31 | 73.7 | ||
14 | 93.2 | 2,872 | 2,198 | 2,535 | 3.48 | 69.3 | ||
2001 | 天草大王♂ × 九州ロード♀ | 12 | 97.7 | 3,190 | 2,286 | 2,738 | 2.65 | 120.2 |
13 | 97.7 | 3,545 | 2,507 | 3,026 | 2.77 | 117.3 | ||
14 | 97.0 | 3,868 | 2,676 | 3,272 | 2.90 | 11.7 | ||
熊本コーチン♂ × 熊本ロード♀ | 12 | 98.7 | 2,601 | 1,944 | 2,273 | 2.86 | 93.4 | |
13 | 98.7 | 2,911 | 2,162 | 2,537 | 2.97 | 92.6 | ||
14 | 98.7 | 3,132 | 2,299 | 2,716 | 3.11 | 88.0 |
(注)プロダクションスコア= | 体重kg×育成率%×100
飼料要求率×日齢 |
交 配 様 式 | 性 | 腿肉 | 胸肉 | 笹身 | 正肉計 | 手羽 | 可食 内臓 | 腹腔内 脂肪 |
天草大王♂×九州ロード♀ | 雄 | 20.8 | 10.4 | 2.9 | 34.1 | 8.8 | 3.6 | 3.4 |
雌 | 19.5 | 11.9 | 3.3 | 34.7 | 8.4 | 3.9 | 5.0 | |
熊本コーチン♂×九州ロード♀ | 雄 | 19.8 | 9.7 | 2.8 | 32.3 | 8.5 | 3.4 | 2.2 |
雌 | 19.3 | 11.3 | 3.2 | 33.8 | 8.5 | 4.0 | 4.4 |